理科が苦手な人の特徴。

理科が苦手な人のとくちょうを一言で言えば、「理科的なものの見方に不慣れな人」、とうことになります。
理科的なものの見方とは何か?

たとえば月夜がきれいな夜だったとします。


多くの人は月を見て「ああ、きれいなお月さんだなぁ」で終わるでしょう。
理科的なものの見方をする人はちがいます。月と地球と太陽の位置関係をイメージして、
「月がいまこの位置にあるから太陽はここにあるんだな」なんて考えたりできる人です。

ドライヤーで髪を乾かしているときも、なぜ髪がかわくのか、ドライヤーであてたところの空気の気温があがって湿度が下がるからなんだなと、考えたりします。

電池は直流電源だからぷらすとマイナスがあるけど、家庭用のコンセントは交流電源だからプラスマイナスがないんだなとかんがえたりします。

ニュースで天気図を見て、「等圧線が縦になっているから今日は冬型の寒い気圧配置だな」と考えたりします。
これが理科的なものの見方です。

つまり理科が得意な人は、理科的な発想が日常のありとあらゆる場面でできる人で、そうすることでますます、理科が身近なものになっている人だといえます。

いっぽうで理科が苦手な人は、どうでしょう。理科が苦手な人にとって、理科イコール勉強だと考えています。

そんなの勉強に決まってるじゃない!

と反論すると思いますが、それがそもそもまちがいもとです。

勉強は多くの人にとっては苦行ですから、理科イコール勉強イコール苦行ということになります。

しかも勉強したことは、勉強の内容だけで終わってしまってますから、なかなか定着しません。イメージがわいてこないのです。

大事なことは、勉強した内容を、勉強だけにとどめないということです。
もっと言うと、理科の学習内容を、日常の生活のあらゆる場面にあてはめていく作業をしていくことです。

たとえば、有機物の燃焼を学習するときに、ろうそくつまり有機物が燃えているときは、空気中に二酸化炭素と水蒸気が発生しているのだなと考えたりしていきます。

音の空気中の速さが340mだということをならって、「花火が光ってから音が鳴るまでの時間の差に340をかけたのが花火までの距離だな」とかんがえたりします。

この学習内容は、日常生活で言えばなににあてはまるのかということを、かんがえてみるのです。これをやりだすと理科がとてもおもしろい科目だということに気づいていきます。

そんなこと言ったって、電流はさっぱりわからないよ。

というかもしれません。

いえいえ大丈夫なんです、それが。理科という科目は、化学、物理、生物、地学の4つの分野に分かれています。しかもその4つの分野は関連性がないそれぞれが独立した分野なのです。

乱暴な言い方をすれば「電流」ができなくても、「化学式」でがんばればいいし、「天気」が嫌いでも「光合成」を好きになればいいのです。人には誰しも好き嫌いはあるものです。

いきなり全方向をやるのではなく、まずは好きな単元(好きになれそうな単元)から突破口を開いていくのです。

まとめるとこうなります。

理科を勉強する際、日常生活の場面でおきかえたら、どういうことなのか?ということを考えてみること。
さらに、慣れてきたら日常生活のあらゆる場面で、理科的なものの見方をしてみようとすること。
なかなかやりにくいのであれば
理科の科学、物理、生物、地学の4つの分野のうちの自分にとってやりやすい分野から取り組んでみることなのです。

理科的なものの見方つまり科学的なものの見方をしていけば、日常生活のあらゆる場面が理科の学習の場であることに気づきます。